小田原市 外壁塗装専門店しんあいペイント 代表者のプロフィール

 


 

株式会社眞愛[代表取締役]  片山 伊祐


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生年月日 昭和55年7月20日
趣味 歴史 空手 釣り
好物 シメサバ 馬刺し 山菜
座右の銘 お天道さんはすべて見ている
人生訓 子供叱るな来た道だ、年寄笑うな行く道だ

 

昭和55年7月  東京都立川市で出生

 

 

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平成14年  結婚

 

平成15年  長女誕生

 

平成21年 次女誕生

 


 

 

神奈川県は小田原市に住んでいます。39歳です。DSC_0286.JPG

 

 

いわゆる松坂世代になります。

 

何の関係もありませんが・・・・。

 

 

小田原には平成23年の2月に移住してきました。

 

乳児〜少年期までは東京都の西部にて引っ越しを重ね暮らしていたと記憶しています。

 

「となりのトトロ」でご存知の方もいるかもしれません、東京と埼玉の境にあります八国山という所で小学校時代を過ごしておりました。(アニメ内では七国山)

 

活発過ぎる子供のころは、空も飛べると本気で思い脳挫傷で死の寸前、といった事もあるほど後先考えなかった冒険家でした。

 

千葉県の富津海水浴場から本気でアメリカを目指して浮輪みたいなもので渡米を試みたこともありました。

 

遥か先に大陸が見えていたのですが、結局押し寄せる波には勝てずあきらめたのが悔やまれます。

 

(大人になって気づいたのですが、そこはアメリカではなく横須賀市でした)

 


 

塗装経験は中学2年の頃から携わっておりますから、25年目になります。

 

17歳くらいからは新築の内部パテ処理などを任されるようになり、だんだんと魅力を感じるようになりました。

 

ほとんど大手ゼネコンの仕事ばかりの会社にいました。

 

十代の頃は特に遊びが派手でしたが、仕事も楽しくて仕方ありませんでした。

 

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ゼネコンの仕事は主に新築物件の塗装工事でした。

 

たまに外の仕事もありましたが、ほとんどが内部の塗装でした。

 

新築ですから壁はボードむき出しですしドアも無塗装のまま置いてあります。

 

ボードはパテ処理を行いドアなどの鉄製品はムラなく完璧に仕上げていきます。

 

私に技術を教えてくれた方々は一流と云われている塗装職人達でした。

 

人には本当に恵まれていますので比較的早く腕に自信がついていきました。

 

そんな中、ある塗装店に入りました。東京の世田谷区にある塗装会社です。

 

私の年齢は21歳になっていました。

 

そこの社長はその頃すでに現場には出ておりませんでしたが毎日事務所で顔を合わせます。

 

ある日こんなことを聞かれました。

 

「片山、お前毎晩飲み歩いてるみたいだけど、仕事は順調なのか?」「ペンキの腕は上達してんのか?」

 

私は「もちろんですよ。今いる他の職人たちよりできますし」(大変失礼しました)

 

お恥ずかしい話ですが、若いころの私はやたら気が強かったので相当生意気な言葉を言っていました。

 

すると社長が「つべこべ言わねえで家に帰ってペンキの勉強してこい!!」

 

「てめえなんかに酒飲む時間なんてねえんだ!ハケに水つけて練習してこい!!!!」

 

調子に乗ってた自分はそれをキッカケに、毎日毎日水を含ませたハケで練習を重ねました。

 

私が生意気なことを言うと、度々怒鳴られたので徐々に言わなくなっていきました。

 

毎日練習を繰り返し、飲み歩きも毎日繰り返していました。(申し訳ありませんでした!)

 

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その会社は大手ハウスメーカーの1次下請けがメインでした。

 

ある日の朝、社長にこう告げられました。

 

「お前今から横須賀行って玄関の木部を塗って来い。調色してな。」

 

私は一瞬、言葉を失いました。

 

「調色したことが無いんですけど・・・」

 

調色というのは塗料の赤・黄・黒・紺(青)・白色を混ぜて希望の色を作る行為をいいます。

 

職人としてはみっともないのですが、当時22歳の私には調色経験がまだありませんでした。

 

社長は「何でもできんだよなあ」と言って私を追い出しました。

 

そして、いろいろ考えながら現場に到着してご依頼主様に挨拶をしました。

 

するとご依頼主様が「待ってたわ!これ早く塗り替えて!」

 

見ればすでに塗装がしてある木の上り框でした(玄関でクツを脱ぎあがる部分)

 

話では新規の白木の上に着色後クリヤ仕上げと聞いてましたのでその状態ではどうにもなりません。

 

ご依頼主様は相当気に入らなかったみたいで期待してまっておられました。

 

プレッシャー+調色未経験+違う施工内容でしたが練りに練ってこう伝えました。

 

「じゃあ僕が木目をこの上から描きますのでご安心を」

 

もはやハッタリというやつです(笑)

 

無我夢中で何とか完成したのでお見せしたところ

 

「わ〜〜すごいわね〜お兄さん!本物にしか見えないわ!天才ね!」

(本当に知恵を振り絞り奇跡的に完成しただけ、でしたが)

 

この非常に嬉しいお言葉をひっさげ、官軍のごとく会社に帰り社長へ報告しました。

 

すると社長は「やってやれない事はねえよ。調子に乗るなよ」と言っていました。こう言われて自信のかけらもなくなりました。

 

翌朝のことです。

 

社長からこういわれました。

 

「お前、一軒アタマはってやってみろ」(職長・班長ともいいます)

 

この一件をキッカケに住宅の外壁塗装を本格的に学ぶ転機になりました。

 

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このころから技術力のみの追求だけではいけない、と思えるようになりました。

 

と、いうのも工事完成後にお客様に喜んでもらえる事が大事な事は当然なのですが、初めてお会いしてから完成までの2週間〜4週間の間、毎日お客様とお会いしてお話をします。

 

中にはご厚意でお茶などをご提供下さる方もいらっしゃいます。

 

ハウスメーカーの決めた色、仕様などの食い違いや「ここも塗って」など相談もよくありました。

 

私にできる事は塗装だけなので恐縮ですが、感じたことがありました。

 

それは「お客様と一緒に工事を進めていて、喜びを共有できている」という感覚です。

 

その感覚はどこの現場でも、いつも感じています。

 

私はお客様に敬意の念を持ち、忘れることはありません。

 

どんなに高い技術力を持っていても心が荒んでいれば活かしきれないと思います。

 

お客様を騙すことが日常になっている同業者もいます。

 

自分自身が心の底から「がんばった!」「喜ばせたい!」と思えることの方がどれほど幸せで素晴らしいことか。

 

若いうちからそのような経験をさせて下さったその社長には感謝してもしきれません。

 

 

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平成24年4月 本格的に独立・開業

 

31歳の春に個人事業として開業いたしました。

 

法人化して現在4名ほどの職人で構成されております小さな会社です。

 

私自身、塗装職人20年の経験を活かし現場を切り盛りしています。

 

職人は死ぬまで勉強といいますし、実感もしております。

 

私の経験も20年弱ですからまだまだ道は始まったばかりです。

 

当サイトもまだまだ皆様のお目にかなうものではありません。

 

しかし、塗装により家の寿命を延ばす、という視点から行っている仕事を一人でも多くの皆様に知っていただければな、と思っています。

 

より良い工法、材料、そして職人。業界自体が日々進化しております。

 

お客様にも塗装の知識や情報を伝達したくて記事を書かせていただいてます。

 

それと同時に、日々色々な場所で私たちは外壁を塗り替えています。

 

「塗装って素敵だね」 

 

こう言われる塗装屋になりたい、そう考えて今日もまた明日もまた。

 

終わりのない塗装の道を一歩一歩かみしめるように進んでいます。

 

株式会社眞愛 片山伊祐

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